江戸時代

江戸時代と東京の地図など

江戸時代と東京の地図など


江戸時代の暦

江戸時代は太陰太陽暦を使用していました。


これは、一日の時刻は太陽に合わせるのですが、ひと月は、文字通り月の満ち欠けに合わせて決めたものです。


つまり、一年中、日の出の時刻が明け六ツ、日の入りの時刻を暮れ六ツとするものです。


季節によって、日の出や日の入りの時間は違うので、一概に何時とは言えません。


電灯の明かりになれた現代の人々は「不便だな」と思われるでしょうが、電灯の明かりもなく、行灯の油もろうそくも高価だった当時は、太陽の動きに合わせて日々の生活を送る方が楽だったようです。


日の出や日の入りを基準に時間を考える方法は、古代エジプトにもありました。それと考え方は似ています。(ただし古代エジプトとは一年間の日数の数え方が違います)


現代の暦は、地球と太陽の位置で一年を決めるグレドリオ暦というものですが、江戸時代は先に書いたように太陰太陽暦でしたので、年によっては一年が十三ヶ月になる「閏月(うるうづき)」というのある年もありました。


ですから、一年中「明け六ツ」といえば日の出の頃なので同じ明るさ、同様に「暮れ六ツ」も日の入りの頃なので同じ明るさです。


しかもひと月は月の満ち欠けを基準に考えられていたので、十五日の夜には必ず満月が昇ることになります。


月の満ち欠けを基準にひと月を考える暦は、農業に適しており、現代でも種まきや田植え、刈り入れなどの農作業は旧暦を基準に行っている場合も少なくありません。


四角な卵と遊女の誠 あれば晦日に月が出る


という言葉がありますが、これは「そんなことは世の中にあるわけがない」ということです。むかしのひとはうまいことをいいましたね。